東京高等裁判所 昭和31年(う)1713号 判決
被告人 本多為吉
〔抄 録〕
論旨第二点について。
一、原判決が、その冒頭において、「被告人は食料品及び雑貨類の販売業のかたわら免許を受けて酒類の販売業を営む者であるが、酒類は免許を受けた製造業者の製造したものを販売すべきであり、右以外のものの販売に当つては飲用に供しても身体に害を与える虞れがないか否かを十分に確認の上販売すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、何等このような確認の方途を講ぜず」と判示した上、志村野枝子、大村政雄、磯野良子及び松永さと子に対し免許を受けた酒類製造業者の製造したものでないメチールアルコールに水を混和したものを販売した旨を認定し、これを業務上過失致死傷罪に問擬していることは、所論のとおりである。ところが、所論は、業務上過失致死傷罪は、業務上の注意義務を怠り、因つて死亡、傷害の結果を発生せしめることによつて成立する犯罪であり、その注意義務を怠つたとするためには、そのような危険な結果の発生が予見し得べかりしものであり、それがさけ得べかりしものであることを要するから、判決には、注意義務の内容を明示した上、更に具体的にいかなる作為をなすべかりしにこれをなさず、もしくは、いかなる作為を避止すべかりしにこれを避止しなかつたかを判示すべく、換言すれば、被告人のいかなる行為を過失と認むべきかを具体的に示す必要があるにもかかわらず、原判決は、単に、被告人がメチールアルコールに水を混和したものを販売した旨を判示しただけであつて、どこに当該の過失が具体的に存するかを示していないのであるから、原判決には、この点につき、理由不備の違法がある旨主張するにより、考察するに、業務上過失致死傷罪の犯罪事実を判示するにあたり、業務上の注意義務に関する具体的事項を判示する必要のあること、及び本件においては、事件の中心をなす被告人が販売したとされているメチールアルコール含有物の出所につき、捜査の段階において、これが究明されないままで起訴し、原審公判においても、この点につきなんらの立証もなかつたため、原審において、被告人の過失を具体的に判示するにつき困難を感じたであろうと考えられることは、いずれも所論のとおりであるけれども、しかし、このような事案における業務上過失の判示方法については、原判示の程度をもつても足りるものと考えられるのであるから、原判決には、この点につき、所論のような破棄の事由となるべき理由不備の違法があるものということはできない。論旨は理由がない。
二、原判決が、被告人の業務上過失致死傷の犯罪事実を認定するにあたり、被告人がメチールアルコールに水を混和したものを販売した旨を判示しているだけであつて、そのメチールアルコールの含有量を明示していないことは、所論指摘のとおりであるが、しかし、原判決は、被害者らがいずれもこれを飲用したため死亡し、または傷害を受けた旨を判示しているのであつて、第一、第二、第三の各判示判文全体を通じて、被告人の販売した各物件がいずれも人を死亡させ、または人に傷害を与えるに足りる量のメチールアルコールを含有していたものであることを推認できるのであるから、原判決には、この点についてもまた所論のような破棄の原因となるべき理由不備の違法があるものということはできない。この点の論旨も採用できない。
三、原判決において被告人が販売したものと認定した物件については、被告人自身が直接売却の衝にあたつたと認められる部分と、被告人の家族または雇人らがこれにあたつたと考えられる部分とが存すること、及び本件において被告人の業務上の過失を問わんがためには、被告人が当該の酒類の仕入につき具体的にいかなる過失があつたか、その家族または使用人をして事実上の売却行為をやらせるにつきいかなる過失が存したか等の点について究明を加える必要のあることは、所論のとおりであつて、この点に関する原判決の判示は、必ずしも十分とはいえないのであるが、しかし、原判決挙示の証拠によれば、本件酒類販売の営業主は被告人であり、酒類の仕入も一切同人が直接その衝にあたつたものであり、家族、使用人らは、ただ被告人の手足となつて、その命のままに、事実上の売却行為を手伝つたに過ぎないものであることが窺われるのであるから、家族、使用人らの刑事責任を問おうとするものではなくて、被告人本人のみの刑事責任を問おうとする本件においては、原判示のような判示方法を用いたからといつて、これがため、原判決に所論のような法律の解釈を誤つた違法ないしは原判決を破棄しなければならないような理由不備の不法があるものということはできない。論旨は理由がない。
(中西 山田 石井謹)